3 事件番号・事件名 平成18年(ワ)第9972号損害賠償等請求事件
(1)被告らは、原告に対し、連帯して350万円及びこれに対する平成18年5月18日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)被告東中野修道は、原告に対し、50万円及びこれに対する平成19年1月20日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3)原告のその余の請求をいずれも棄却する。
(1)原告は、いわゆる南京(大虐殺)事件の一つとされる新路口事件(昭和12年12月13日、南京市内の新路口においてシア家とハア(マア)家の2家族11人が日本軍兵士により殺害・強姦されたとされる事件)の生存被害者(「8歳の少女」)として、本多勝一らの著書や日本のテレビ番組(平成3年)で紹介され、自らも来日(平成6年)して新路口事件の体験等を語っている者である。
(2)平成10年8月15日、被告東中野(亜細亜大学教授)執筆の「『南京虐殺』の徹底検証」と題する書籍(本件書籍)が被告展転社から発行された。被告東中野は、本件書籍の中で、当時の資料(主にはジョン・マギー牧師の記述したフィルム解説文。マギーは陥落直後の南京市街の様子を16ミリフィルムに収め、これに解説文を付して記録に残した。)を分析して推論した上で、
@(この資料に登場する生き残った)「『8歳の少女』と夏淑琴とは別人と判断される」
A「『8歳の少女(夏淑琴)』は事実を語るべきであり、事実をありのままに語っているのであれば、証言に、食い違いが起こるはずもなかった。」
B「さらに驚いたことには、夏淑琴は日本に来日して証言しているのである。」
と記述した(本件記述)。
(3)また、平成13年に本件書籍の繁体字中国語版が、平成17年に英語版が発行された(出版社は被告展転社ではない)。
(4)原告は、本件記述により「ニセモノ」扱いされて名誉を毀損され、名誉感情を侵害されたと主張し、@被告らに対して連帯して1200万円の共同不法行為による損害賠償(慰謝料1000万円、弁護士費用200万円)の支払と、A謝罪広告の掲載を求め、B被告東中野に対し翻訳版発行による同様の慰謝料として別途300万円の支払を求めた。
(5)なお、原告は平成12年に中国で同旨の訴訟を提起したが、被告らがこれに応訴せず、平成17年1月、原告を被告として当裁判所に債務不存在確認の訴えを提起した(本訴)ため、原告が反訴として提起したのが本件である(本訴は取り下げにより終了)。また、中国での訴訟は平成18年に原告勝訴の判決が出されている。
(1)争点のうち主要なものは、@本件記述は原告の名誉を毀損し名誉感情を侵害するものか、A本件書籍の執筆・発行に違法性がないか、B被告らが本件記述を真実と信じたことに相当な理由があるか、という点である。
(2)被告らは、@につき、本件記述自体は原告の名誉を毀損する内容のものではない等と主張し、Aにつき、本件書籍は学問研究の成果を発表したもので「8歳の少女」と原告が別人であるとの事実は真実であるから違法性がない等と主張し、Bにつき、原資料の分析等からその結論に至るには相当な理由があり被告らに故意過失がない等と主張している。
(1)名誉毀損性等
普通の注意と読み方をする一般の読者であれば、本件記述から「原告が生き残った『8歳の少女』ではないのに『8歳の少女』として虚偽の証言をしている」と理解することは明らかであるから、本件記述は「原告が『8歳の少女』ではないのに『8歳の少女』として虚偽の証言をしている」との事実を適示するものと見るのが相当である。そして、原告はいわゆる南京事件の生存被害者として広く知られた人物であるから、上記事実の適示は原告の名誉を毀損するものであり、また原告の名誉感情を著しく侵害するものである。
(2)違法性の有無
ア 亜細亜大学教授で日本思想史等を専門とする被告東中野は、南京事件についての研究結果を公表する目的で本件書籍を執筆し、被告展転社がこれを発行しているから、被告らに公益目的は認められる(本件記述が公共の利害に関することは争いがない。)が、本件記述が適示した事実が真実であることは、以下のとおり認められない。
イ 真実性の証明対象は「原告が『8歳の少女』ではない」という事実である。被告東中野は、本件書籍において、フィルム解説文を自ら翻訳し、殺害されたシア夫婦の2人の娘の「7,8歳になる妹」は「銃剣で突き殺」された(bayonetted)と訳し、殺されたこのシア家の「7,8歳になる妹」と生き残ってマギーに事件を伝えた「8歳の少女」とは別人であると解した。そして「8歳の少女」の姓はシアではないから、原告夏(シア)淑琴とは別人と判断した。しかし、bayonetには「銃剣で突く」との意味があるから、「7,8歳になる妹」が殺されたとは当然には解釈できないし、マギーが「7,8歳になる妹」と「8歳の少女」を別人として記録したともいえない。その他被告らの主張する点を検討しても、「原告は『8歳の少女』ではない」という事実は立証されず、真実性の証明はない。
(3)相当の理由の有無
フィルム解説分の「bayonetted」は、これを「突き殺した」と解釈すると前後の文脈等から不自然・不合理な点が生じ、むしろ「銃剣で刺した」と解釈する方がはるかに合理的である。また「8歳の少女」はシア夫婦の子でもマア夫婦の子でもなかったとの被告東中野の結論は、その「8歳の少女」が「母の死体のある隣の部屋に這って行った」との部分と明らかに矛盾している。通常の研究者であれば上記の不合理性や矛盾を認識し、再検討して他の解釈の可能性に思い至るはずであるが、被告東中野はこれらには一切言及しておらず、被告東中野の原資料の解釈はおよそ妥当なものとはいえない。また当時「8歳の少女」が原告ではないとの理解や「7,8歳になる妹」は刺し殺されたとの理解が一般的であったともいえず、本多勝一等の著書で「7,8歳になる妹」は刺し殺されたとされていることは相当性の根拠にはならない。
以上より、真実であると信ずべき相当な理由があったとは認められない。
(4)損害及び謝罪広告について
ア 諸般の事情を考慮し、被告らの共同不法行為(日本語版発行)による損害賠償額としては、慰謝料300万円及び弁護士費用50万円の合計350万円とし、別途、翻訳版発行による被告東中野の不法行為による慰謝料を50万円とする。
イ 謝罪広告の必要性は認められない。
以上